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経営者の「全社AI導入」、まず理解してもらう3つのこと——AI予算は誰が握り、どう運用するか

2026/5/20


経営会議の予算検討アジェンダの中で、CEOや事業責任者から「各社が進めている全社AI導入を、うちでも予算に組み込まないのか」と問われるケースが、ここ数ヶ月で増えてきているのではないでしょうか。

生成AI やAIエージェントの成功事例を目にする機会が一気に増え、自社でも早く取り入れたい、というスピード感が背景にあるかと思います。

その方向性そのものは、これからの数年で多くの企業が向き合うべきテーマであり、寄り添うべき問題提起となります。

一方で、「全社」「即時」で動き出すと頓挫しやすいのも実態です。
先行する大手企業の成功事例は、専門部署と専任のDX / AI推進人材を擁する体制で進められているケースが大半で、財務体力に余裕の少ないベンチャー〜黒字化フェーズの企業がそのまま真似ると、リソースが続かずに止まってしまいます。

本記事では、経営者の「全社AI導入」発言にどう応えるかを、特に黒字化したばかり〜年商数十億円規模の企業を想定して整理させていただきます。

前半は経営者にまず理解してもらいたい3つのこと、後半は AI 予算は誰が握り、どう運用するか、を順に扱います。

「全社AI導入」、いま現場で何が起きているのか

3つのポイントに入る前に、AI導入の現在地を、公開されている主要な原典調査から確かめておきます。経営者と認識を揃えるための前提として共有しておきたい情報となります。

  1. RANDが2024年に公表した報告書では、企業のAIプロジェクトの80%以上が当初の業務価値を実現できないまま終わっており、これは AI を含まない IT プロジェクトの失敗率の約2倍にあたるとされています
    (出典: The Root Causes of Failure for Artificial Intelligence Projects — RAND Corporation)。

  2. MIT NANDAが2025年に公開した『State of AI in Business 2025(GenAI Divide)』では、生成AIへの企業投資の約95%がROIを生み出せていないと報告されました
    (出典: The GenAI Divide: State of AI in Business 2025 — MIT NANDA)。

  3. Gartnerも2025年2月の発表で、AIに適したデータの整備が追いつかないことを主因として、2026年末までにAIプロジェクトの60%が中止されると予測しています
    (出典: Lack of AI-Ready Data Puts AI Projects at Risk — Gartner press release, 2025-02-26)。

3つの調査が示しているメッセージには、共通項があります。

失敗の主因がAIツール自体の性能不足ではなく、その手前の準備や設計にあるという点です。
RANDは『業務課題とAI能力のミスマッチ』『現場の業務理解の欠落』、Gartnerは『AIに適したデータが整っていないこと』、MIT NANDAは『個人レベルの効率化にとどまり、組織のP&L(損益)に変換されていないこと』を、それぞれ核心の論点としています。

Deflagが自社で実施した調査からも、この傾向は確認できます。
Deflagが2026年4月に全国の営業従事者2,108名を対象に行った定量調査では、AI採用の最大障壁は『プロセス見直し余力なし』で、企業規模別では中小(年商〜10億円)が15.4%、中堅(10〜100億円)が12.5%、大手(100億円〜)が8.6%。中小〜中堅では、大手に比べてこの障壁が約1.8倍高く出ているのが現状です(出典: Deflag 営業実態調査2026、n=2,108)。

つまり、経営者の『うちでもAI』発言を、そのままの規模感とスピード感で実行に移すと、中小〜中堅では特に上記の構造的な障壁にあたりやすい、ということになります。
だからこそ、動き始める前に、経営者と共有しておきたい3つのことがあります。

経営者にまず理解してもらいたい3つのこと

1. AI導入は「ツール購入」ではなく「業務プロセスの作り直し」

最初に共有したいのが、AI導入は『ツールを契約すること』と同義ではない、という点となります。

個人がAIツールを契約しただけでは、効果は個人単位の限定的な効率化にとどまります。
MIT NANDAの2025年調査でも、生成AIツールは個人の生産性向上は確認できているものの、企業のP&L(損益)への変換は、調査対象企業の95%でできていないと報告されています(出典: The GenAI Divide — MIT NANDA)。

経営者が期待する大幅な生産性改善は、業務プロセスそのものを作り直して、その新しいプロセスの中にAIを組み込むことで初めて実現する性質のものとなります。

自社調査でも、中小〜中堅で最大のAI採用障壁が『プロセス見直し余力なし』(15.4%/12.5%)であることが確認できています。

ここを認めずに導入に踏み込むと、ほぼ確実に『ツールを契約しただけ』で終わります。
経営者の『全社 AI 導入』宣言が本当に機能するためには、AIツールの予算承認だけでなく、業務プロセスを見直す権限と工数を、経営として現場に明確に与える判断が伴うこと、が前提となります。

2. 大手のAI導入事例と、自社の現実は別物

次に共有したいのが、見聞きするAI成功事例の多くが、自社と前提条件の違う環境で生まれている、という点となります。

公開されている大手企業の成功事例は、生成AIを担当する専門部署を持ち、専任のDX/AI推進人材を擁する体制で進めているケースが大半です。

たとえばパナソニック コネクトは、IT・デジタル戦略企画室を中心とした専門部署で自社向け生成AI『ConnectAI』を全社員約12,400人に展開し、2024年度の業務時間削減は44.8万時間にのぼっています(出典: パナソニック コネクト プレスリリース 2025-07-07)。

一方、黒字化フェーズの中堅企業やベンチャーでは、情シスが他業務と兼務、DX推進担当が少人数または不在、というのが標準的な姿となります。
東京商工リサーチの2025年調査でも、生成AI活用を推進していない理由の最多は『推進するための専門人材がいない』で、55.1%にのぼります(出典: 『生成AI』活用は企業の25%にとどまる — 東京商工リサーチ)。

このギャップを認識せず、大手の事例規模で導入を進めようとすると、人的リソースが先に破綻します。
黒字化フェーズの企業向けには、大手の事例を『そのまま真似る』のではなく、規模相応のスケールから設計し直すことが、現実的な出発点となります。

3. 最初の打点は、1〜2部門に絞り込む

3つ目に共有したいのが、『全社一斉』より『1〜2部門に絞る』ほうが、結果として早く・大きく効くという点となります。

先ほど触れたRAND・MIT NANDA・Gartnerの調査結果は、いずれも『広く浅く一斉導入する』アプローチが構造的に頓挫しやすいことを示唆しています。

失敗の主因が AI ツール自体ではなく、業務課題とのマッチングやデータの整備、組織のP&Lへの変換といった『手前の設計』にある以上、これらを一度に全社で進めるには、相応の体制と時間が必要になります。

そのため、効果が見えやすい部門に最初の打点を絞り、3ヶ月で成果を見せてから次の業務に広げる、というステップが現実的となります。
経営者には、『1〜2部門に絞って3ヶ月で成果を出し、その結果を持って全社展開を判断する』というステップを提案するのが、現実的な進め方となります。

AI予算は誰が握り、どう運用するか

3つのポイントを経営と共有できたら、次は実行のための予算と責任部門の置き方となります。ここが定まらないと、せっかくの初期スコープも、各事業部が個別に予算を取りに動いて統制が効かなくなりやすい領域です。

AI予算でも、企業の予算統制ルールに従う

最初の原則として置きたいのが、「AIだから特別」と切り出さないことです。

AI予算を既存の予算統制から独立した別枠で運用すると、半年後に他の予算項目とのバランスが取れず、社内の説明責任を果たしにくくなります。中小〜中堅企業の場合、特にこのリスクが高くなります。
AI予算は、業務システム予算・IT基盤予算・教育研修費といった既存の枠組みに当てはめて運用するほうが、現場の起案も経営の承認も、既存ルールの延長で回せるため、立ち上がりが早くなります。

AIツールの「性質」を3つに分けて予算枠に当てはめる

経営会議でよく議論になるのが、各種AIツールを業務システムとして扱うのか、教育研修として扱うのか、という判定です。
判断軸として、ツールを利用形態によって3つに分けて整理しました。

AIツールの予算は『業務システム/IT 基盤/教育研修』の3枠に整理するのが、現実的かつ統制が利く形

エンジニアがCursorを会社負担で使うようなケースも、業務遂行に直結するため業務システムまたはソフトウェア費として処理するのが一般的となります。

AI ツールの予算は『業務システム / IT 基盤 / 教育研修』の3枠に整理するのが、現実的かつ統制が利く形となります。

判定の軸として一番分かりやすいのが、『個人利用に閉じるか、業務プロセスに乗るか』となります。
個人利用に閉じても業務遂行に直結する限りは業務システム扱い、組織横断の自動化に乗るなら情シス / IT基盤扱い、と切り分けると、後の運用がぶれにくくなります。

責任部門は3層で持つ(一部門に寄せない)

AI予算の責任を、情シスだけ、あるいは経営企画だけに寄せようとすると、いずれも無理が出ます。

IPAが2025年に公開した『DX動向2025』でも、日本企業のDX推進における経営・IT部門・現場の3者の協働が十分でなく、戦略共有の不全やDX推進体制の見直し不足が課題として指摘されています(出典: DX動向2025 — IPA 独立行政法人 情報処理推進機構)。
経済産業省が公開する『中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025』でも、経営者のリーダーシップのもとで投資・体制を構築することの重要性が強調されています(出典: 中堅・中小企業等向けDX推進の手引き2025 — 経済産業省)。

実際に全社展開を成功させている企業の体制を、公表されている3社の事例から整理します。

3社に共通するのは、(1)経営層が全社展開を承認・後ろ盾、(2)DX / IT 部門が運用と標準化を担う、(3)現場の活用文化を育てる研修・ガイドラインを並行させる、という3層の動きです。
これを、黒字化フェーズの中堅・ベンチャー向けに、3層に整理しました。

全社AI導入を成功させる体制は、戦略・実装・現場の3つのレイヤーに責任を分けて持たせる体制

中堅以下の企業では、これら3層を1〜2人で兼務しているケースもあるかと思います。それでも、責任の所在を「3つの役割」として書き出しておくだけで、後の運用は大きく整理しやすくなります。

ルール化の難しさへの、現実的な対処

責任部門を定めたあとに直面するのが、『どこまでルール化するか』の判断となります。
完璧なルールを最初に固めようとすると、社内合意に時間がかかりすぎて、その間に各事業部が個別判断でAIツールを導入し始める、というパターンに陥りやすくなります。

現実的には、以下の順序で運用するのがおすすめです。

□ 期初にAI予算の「枠」だけを切る(例: 業務システム予算の◯%、教育研修費の◯%)
□ 期中の個別起案は、AI専用ルールを新設せず、既存の業務システム稟議・研修申請の流れに乗せる
□ 四半期ごとに、起案された案件と効果を経営企画 / 情シスがレビューし、必要に応じて稟議基準を改定する
□ 半期ごとに、経営オーナーが「打点を広げるか / 絞り直すか」を判断する

中小〜中堅で『評価 / 活用ビジョンなし』障壁が大手の約2倍出ている(自社調査では中小7.2%、中堅7.3%、大手3.8%)ことを踏まえると、最初から完成度の高いルールを目指さず、「枠を切る → 既存ルールに乗せて回す → 期末にレビューして改定」の順で運用するのが、最も無理なく前進する形となります。

経営に返す、最初のひと言(例)

経営からの『全社AI導入』発言に対して、推進担当が最初に返す一言の例を、参考までに記載します。

「全社AI導入の方向、承知いたしました。ただ、いきなり全社一斉ではなく、まず1〜2業務(議事録/CRM 入力など)に絞って、3ヶ月で成果を出します。その間に、AI予算は経営企画が枠を切り、情シスが標準化、各事業部が起案、の3層で運用ルールを固めます。半年後に、スケール判断のレビューを行いましょう。」

経営者の『早く取り入れたい』というスピード感に正面から応えつつ、頓挫リスクを下げる現実的な道筋を提示する、という返し方となります。

経営者と共有する前のチェックリスト

最後に、推進担当として経営者に提案する前に揃えておきたい項目を、チェックリスト形式でまとめました。

□ 経営者に『AI導入はツール購入ではなく業務プロセスの作り直し』であることを共有できている

□ 『大手のAI事例と、自社の規模・体力の差』を共有できている

□ 『全社一斉ではなく1〜2業務に絞る』初期スコープが合意できている

□ AI予算の責任部門が、戦略(経営企画 / CFO)・実装(情シス / DX 推進)・現場(各事業部)の3層で定まっている

□ AI予算は AI専用ルールを新設せず、既存の予算統制ルール(業務システム / IT 基盤 / 教育研修)に乗せる方針が決まっている

□ 期初に『枠』を切り、期中は既存稟議に乗せ、四半期 / 半期でレビューする、運用サイクルが合意できている

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