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「AI導入が進んでいる」という話題は日常的に耳にするようになりました。
しかし、製造業の営業責任者にとって切実なのは、自社の営業組織が業界のなかで進んでいる側なのかそうではないのかを、客観的に把握できないという問題ではないでしょうか。
情報通信業やコンサルティング業界のAI活用事例はよくに目に入りますが、事業構造も顧客接点も異なるため、そのまま比較対象にはなりません。
既存の「製造業×AI」関連の記事は、製造ライン・品質管理・予知保全といった製造工程へのAI適用が中心で、営業領域におけるAI導入の実態を業種横断で比較したものはほとんど存在しません。
経営会議で「うちはどうなんだ」と問われたとき、数字で答えられる材料が足りていないのが実情かと思います。
本記事では、製造業の営業組織へのAI導入の現状を確認し、製造業でAI導入が進みにくい構造的な要因を整理します。そして、構造を踏まえたうえでのAI導入の進め方を提示します。
まず、営業職のAI導入率が業種によってどれほど異なるのかを確認します。
当社の独自調査である「営業AI白書2026」(N=616、年商100億円未満の中堅・中小企業の営業職を対象、以下白書)では、営業職のAI導入率が最も高い業種は情報通信業で、43.6%でした。
最も進んでいる業種でも半数には届いていません。
一方、製造業を含む対面営業や物流が中心となる業態では、AI未導入の企業が多数を占める結果となっています。

集計対象:年商100億円未満の中堅・中小企業の、役職が課長・マネージャー以上(N = 649)設問文:生成AI導入において、「セキュリティリスク」「導入費用」「社内のITリテラシー」が解決されたと仮定し、それでもあなたの営業部門への導入・定着を阻む最も大きな理由が何だと予想するか、をお選びください製造業に限定した別の調査でも、同様の傾向が確認できます。
MMD研究所が2025年に実施した調査(製造業従事者2,500人対象)では、製造業のAI導入率は21.4%でした。
導入のハードルとして最も多かった回答は「AIの効果がよくわからない」(26.0%)で、「導入費用が高い」(23.8%)が続いています(出典: MMD研究所 製造業におけるAIの利用実態調査)。
製造業においてAI未導入は、現時点では多数派だとわかります。
重要なのは、なぜAI導入が進まないのか、構造的な要因を理解したうえで導入を進めることかと思います。
製造業でAI導入が進みにくい背景には、IT業界とは異なる業界構造があります。
この構造を理解しないまま導入を進めると、過去のSaaS導入で経験した壁に再びぶつかることになりかねません。
製造業の営業プロセスは、企業ごとに大きく異なります。
取り扱う製品の特性、見積もりの算出ロジック、受発注の流れ、顧客との技術的なすり合わせ。
これらは各社の事業特性に深く結びついており、業界共通の標準フローが存在しにくい領域です。
この特性は、過去のSaaS導入においても障壁となってきました。
SaaSは基本的に、ソフトウェアの機能に業務を合わせることが前提です。
カスタマイズの自由度に限界があるため、業務プロセスが各社固有である業界では、汎用的なツールをそのまま導入しても現場に定着しないという経験を、多くの企業が重ねてきたのではないでしょうか。
製造業では、生産管理システムや原価管理システム、図面管理システムなど、長年にわたり社内開発・改修を重ねてきた基幹システムが現在も稼働しているケースが少なくありません。
こうしたシステムは、設計や仕様が属人化し、内部構造がブラックボックスになっていることが多く、新しいツールとの接続が技術的に困難な状態にあります(出典: デジタル庁 レガシーシステムモダン化委員会総括レポート)。
営業の現場では、見積もりを出すために原価情報を確認し、納期を回答するために在庫や生産計画を参照する場面が日常的に発生します。
これらのデータが各システムに分散し、手作業での転記や確認に時間を取られている状態では、新しいツールを導入しても活用できるデータが限られます。
製造業の情報システム部門にとって、AI・SaaS導入時のセキュリティ管理は重い負担となっています。
キャディ株式会社が実施した調査では、製造業の情報システム部門の88.8%が「DX推進とセキュリティ責任の両立」に課題を感じていると回答しました(出典: CADDi 製造業情報システム部門 AI・SaaS導入とセキュリティ管理 実態調査)。
導入時に重視される事項としては「高度なアクセス制御」(19.8%)、「第三者認証取得」(16.6%)、「AI学習利用の防止」(15.1%)が上位に挙がっています。
製造業が扱う技術情報や顧客情報の機密性を考えれば、慎重になること自体は合理的です。
ただし、セキュリティ管理の負担が既存システムの保守に偏ることで、新しい取り組みに割ける余力が減ってしまうという問題があるかと思います。
ここまでの整理を踏まえると、「製造業ではSaaS導入同様、AI導入も難しい」という結論に傾きそうになります。
しかし、SaaS導入とAI導入では、そもそもアプローチが異なるという点に目を向ける必要があります。
SaaS導入は「業務をツールに合わせる」発想が前提です。
ソフトウェアに用意された機能や画面に沿って、自社の業務フローを調整することになります。
業務プロセスが各社固有の製造業でこれが壁となってきたことは、前章で触れたとおりです。

一方、AI導入では、「業務プロセスに合わせてAIを構築する」アプローチが取れます。
SaaSのように画面や機能が固定されているのではなく、自社の業務フローの中で「どの工程をAIに任せるか」を設計し、その業務に合わせた形でAIを組み込んでいく進め方です。

ここで補足すると、AI導入の中にも「生成AI」と「AIエージェント」の2分類があります。
「生成AI」はChatGPTのように人の指示に応じて文章作成や要約を行うAIのことで、「AIエージェント」は目標を与えると複数の作業を自ら判断して実行するAIを指します。
今回のAI導入として挙げているのは、AIエージェントになります。
「業務プロセスに合わせて構築できる」というAIの特性は、SaaS導入で苦戦してきた製造業の構造とも相性がよい面があるかと思います。
汎用ツールに業務を合わせるのではなく、自社の業務フローに沿ってAIの適用箇所を設計するアプローチであれば、企業固有のプロセスを持つ製造業でも導入を進められる可能性があります。
では、具体的にどう進めるのか。
製造業の営業組織がAI導入を始める際のステップを整理します。
最初に取り組むべきは、営業担当者が日々行っている業務を棚卸しし、商談・提案など売上に直結する業務と書類作成・社内調整など売上に直結しない業務に仕分けることです。
棚卸しの次は、売上に直結しない業務のなかで「どこからAIに任せるか」の優先度をつけるステップです。
売上に直結しない業務のすべてが同じ性質を持っているわけではありません。
定型的な処理が中心で判断の余地が少ない業務。たとえば見積もり前の原価照会、技術仕様書やスペックシートの整理、納期回答のための工場への確認、顧客管理システムへのデータ入力は、AIに任せやすい領域です。
一方、顧客ごとの特殊条件を踏まえた見積もり作成や、設計部門との技術的なすり合わせなどは、当面は人の判断が必要な領域として残ることになるかと思います。
「費やしている時間が大きい」かつ「定型的でAIに任せやすい」業務から着手するのが、効果の見えやすい進め方です。
優先度がついたら、全社一斉導入ではなく、1つの業務・1つのチームから試す形で始めることをお勧めします。
製造業の業務プロセスは企業固有であるため、他社の成功事例をそのまま持ち込んでも同じ結果が出るとは限りません。
自社に合ったAIの使い方は、自社の業務プロセスの中で検証しながら見つけていくものです。
小さく試し、効果を確認してから範囲を広げることで、投資リスクを抑えながら着実に進められるかと思います。
製造業の営業組織がAIを導入する目的は、業務の効率化そのものだけではありません。
売上に直結しない業務をAIに任せることで生まれた時間を、どこに振り向けるかが本質です。
製造業の営業には、情報通信業にはない強みがあります。
自社製品の技術特性に対する深い理解、顧客の製造現場に入り込んだ課題把握、長期取引に基づく信頼関係を活かした技術提案。
これらは人にしかできない領域であり、製造業の営業組織が持つ競争力の源泉です。
しかし現状では、原価照会や仕様書整理、納期調整といった業務に時間を取られ、この強みを発揮する機会が限られているケースも多いのではないでしょうか。
AIが定型的な業務を引き受けることで、営業担当者は顧客の製造課題に向き合う時間や、カスタム仕様の技術提案に充てる時間を確保しやすくなります。
さらに、人材育成への再投資も重要です。
2025年版ものづくり白書では、製造業の85.3%が能力開発に課題を抱え、65.9%が「指導する人材が不足している」と回答しています(出典: 2025年版ものづくり白書)。
製造業の営業に必要な製品知識や顧客対応のノウハウは、現場経験を通じて時間をかけて蓄積されるものです。
ベテラン営業が持つこうした知見は、日常業務に埋もれたまま次の世代に渡らないリスクがあります。
AIによって生まれた時間を、技術知識の共有や同行営業による育成に充てることができれば、組織としての営業力を底上げできる可能性があるかと思います。
製造業の営業AI導入率は、情報通信業と比べて低い水準にあります。
その背景には、企業固有の業務プロセス、レガシーシステム、セキュリティ要件という構造的な要因があり、これらはかつてSaaS導入の段階から壁となってきました。
しかし、AI導入はSaaS導入とは前提が異なります。
業務をツールに合わせるのではなく、業務プロセスに合わせてAIを構築できる。
この特性を活かし、業務の棚卸しから始め、売上に直結しない業務の中でAIに任せる領域を見極め、小さく検証しながら進めるステップを踏めば、製造業の営業組織でもAI導入は前に進められるかと思います。
本記事が、製造業の企業がAI導入を始めるかを検討する際の出発点になれば幸いです。

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