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2025-2026年以降の企業でのAI活用が本格化してきた今、AI活用の情報収集を進める中で「ナレッジマネジメント」という言葉を知った経営層・DX/AI推進責任者もいるかと思います。
ナレッジマネジメントとは、組織内に点在する知識やノウハウを収集・整理し、社員間で共有・活用する経営手法を指します。
この記事では、ナレッジマネジメントの定義と暗黙知・形式知、AI活用で再注目される技術変化、SECIモデルによる自社への取り入れ方を記載したうえで、AIを企業に活かすときに得られる効用までを順に解説します。
ナレッジマネジメントとは、組織内に点在する知識やノウハウを収集・整理し、社員間で共有・活用することで組織全体の生産性を高める経営手法です。
理論的な源流は、1994年に一橋大学の野中郁次郎教授が発表した論文「A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation」(Organization Science, 5, 14-37)にあります。
1996年には竹内弘高教授との共著『知識創造企業』(東洋経済新報社)として体系化され、その後の経営理論として広く定着しました。

【例】ナレッジマネジメントで扱われる知識の種類:
商談の進め方や顧客対応の判断基準といった営業ノウハウ
熟練工の手順判断や機械の癖の見極めといった現場技能
プロジェクト運営やクレーム対応の初動判断
過去の意思決定の背景や理由
上記のような企業内に存在する知識・ノウハウを誰もが読める形にし、共有しあうことで組織全体の生産性向上や成長に繋げます。
ナレッジマネジメントを理解するにあたり、暗黙知と形式知という概念を理解しておく必要があります。
暗黙知とは、個人の経験や勘、身体感覚に基づく、言語化されていない知識を指します。
【例】業務現場での暗黙知:
商談で相手の反応を見ながら提案の順序を組み替える営業の判断
機械音の変化から異常を察知する熟練工の感覚
顧客からのクレームに対する初動対応の温度感の調整
特定の取引先ごとに使い分ける言葉遣いやメールの書き方
暗黙知は個人に属した状態のままでは、他の社員に伝わりません。担当者が異動・退職した瞬間に、組織から失われます。
形式知とは、文章・図表・数値など、明文化されて他者に伝達可能な形になった知識を指します(日立ソリューションズ)。
【例】業務現場での形式知:
業務マニュアルと手順書
営業日報と顧客管理システムに記録された商談履歴
社内WikiとFAQ
過去の提案書や議事録
ナレッジマネジメントで行うことは、暗黙知を形式知に変換して組織で使える状態にする活動に集約されます。
形式知になれば、他の社員が読んで再現でき、AIに参照させることもできます。
ナレッジマネジメントの目的は、個人に依存した業務品質や生産性を、組織として一定水準に保つことにあります(パーソルビジネスプロセスデザイン)。
【例】ナレッジマネジメントの主要な狙い:
業務の属人化を解消し、担当者不在時にも業務が回る体制を作る
新入社員や中途採用者の立ち上げ期間を短縮する
業務品質のばらつきを減らし、顧客に提供する成果の一貫性を高める
ベテラン社員のノウハウを次世代に引き継ぐ
問題点の内訳では「指導する人材が不足している」が59.5%で最も高く、「人材を育成しても辞めてしまう」(54.7%)、「人材育成を行う時間がない」(47.4%)と続きます(厚生労働省 令和6年度「能力開発基本調査」)。
ベテラン社員が退職するタイミングで、暗黙知が組織から失われる問題は、業種を問わず日本全体で共通しています。少子高齢化に伴う労働人口の減少と、それに伴う技術継承の停滞が、ナレッジマネジメントの重要性を押し上げてきました。
近年の変化として、リモートワークの普及により、暗黙知が組織内で共有されにくくなっています。
オフィスでの雑談、隣席での画面越しの観察、休憩中の相談など、非公式な接点を通じて自然に共有されていた暗黙知が、リモート下では個人の頭の中に留まりやすくなります。
リモート環境下ではOJT(実務を通じた新人指導)の担当者と新人のコミュニケーションが不足し、指導の質にばらつきが出る点も指摘されています(JMAソリューション)。
共有機会が減った結果、組織内には形式知化されない知識がむしろ増えている状況です。
ナレッジマネジメントの重要性を押し上げているのは、労働環境の変化だけではありません。
生成AIの浸透という技術側の変化も、組織の知識を整える必要性をさらに高めています。
非構造化データとは、文章・画像・音声・動画など、Excelのように行や列で整理されていないデータを指します。
Boxが公開したIDCホワイトペーパー(2023年8月、Doc.US51128223)によると、企業が持つ情報の約90%は非構造化データが占めています(Box)。
しかし、従来はルールベースの処理では扱いが難しく、非構造化データの活用は一部にとどまっていました。
生成AIの登場以降、この状況が変わりました。
文章の要約、画像内容の記述、音声の文字起こしと分類など、これまで人が内容を読み解いて手作業で処理していた作業が自動化されています。
議事録、提案資料、顧客からのメール、社内チャットのログなど、活用のハードルが高かった情報が、AIから参照可能な状態に整えられる範囲に入ってきました。
データ分析は、SQLやBIツールを扱える一部の人にしかできない業務でした。
生成AIの普及により、日本語で問いを立てるだけで、集計・可視化・比較の一部が実行できるようになりました。
この変化により、データを整えて活用する担い手が、データ専門部署から現場に広がりました。
分析の入口が広がった分、参照させるデータをどう整えるか・どう貯めていくかが重要になってきました。
2021年6月、機械学習研究者のAndrew Ngは「Data-Centric AI」を掲げ、AI開発の焦点をモデル改善からデータ品質改善へと移す運動を開始しました(Forbes 2021-06-16)。
同氏はモデルとコードは多くのアプリケーションで実質解決済みであり、これからはデータの一貫性と品質を高めることが成果を左右すると主張しました。
AI開発者の業務時間の約80%はデータ準備に費やされているという観察も併記されています。
この考え方の広がりを受けて、企業側では「AIに渡すデータ=組織の知識」をどう整えるかが問われるようになりました。
その結果、データ管理の経営理論であるナレッジマネジメントが、再び注目を集めています。
ナレッジマネジメントを実際に進めるには、社員が持つ暗黙知を形式知に変換して組織に蓄積する仕組みが必要になります。
この変換プロセスを体系化した代表的なフレームワークが、SECIモデルです。
SECIモデルは、1994年一橋大学の野中郁次郎教授が論文「A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation」(Organization Science, 5, 14-37)で発表し、組織内の知識が変換されるプロセスを4段階で示したものです。
Socialization(共同化)、Externalization(表出化)、Combination(連結化)、Internalization(内面化)の頭文字を取ってSECIと呼び、この4プロセスを循環させることで、組織全体の知識が創造・拡張されていきます。
さらに、4つのプロセスそれぞれに対応する「場(ba)」の概念を追加し、各プロセスは、それを促進する固有の場の中で起こる、という考え方を提唱しました。

共同化とは、経験の共有を通じて、個人の暗黙知が他者の暗黙知として伝わるプロセスです。
対応する「創発場(originating ba)」は、対面での接触や共同作業を通じて、他者の感覚や経験に触れる空間となります。
【例】創発場となる社内の状況:
先輩に同行しての商談や顧客訪問
昼食や休憩時間の雑談
OJTを通じた業務の共同遂行
ワークショップや合宿
表出化とは、個人の暗黙知を言語や図表として明文化し、他者が理解できる形式知に変換するプロセスです。
対応する「対話場(dialoguing ba)」は、複数の人が集まって暗黙知を意識的に言語化する場となります。
【例】対話場となる業務の場面:
業務マニュアルの作成と改訂
部門横断のプロジェクトレビュー
商談内容の顧客管理システムへの記録と共有
顧客対応事例のケーススタディ化
表出化は、SECIモデルの4プロセスの中でAI活用に最も直接的に寄与する工程です。
暗黙知が形式知に変換されて初めて、AIは業務知識を参照できる状態になります。
連結化とは、複数の形式知を組み合わせ、新たな知識体系を作り出すプロセスです。
対応する「システム場(systemizing ba)」は、形式知が集約・編集・再構成されるデジタル空間となります。
【例】システム場となる情報基盤:
社内Wikiやドキュメント管理システム
顧客管理システムや基幹業務システム
部門横断で参照できるナレッジベース
生成AIから参照される社内データ基盤
RAG(検索拡張生成、AIに社内文書を参照させて回答精度を高める仕組み)を用いた基盤も、SECIモデルの中ではこのシステム場に位置づけられます。
表出化で形式知になった知識が、システム場で組み合わされ、AIの回答生成に使われます。
内面化とは、組織で共有された形式知を、個人が業務を通じて実践し、自分の判断や技能として身につけるプロセスです。
対応する「実践場(exercising ba)」は、日々の業務そのものとなります。
【例】実践場での学びの機会:
マニュアルを参照しながらの実務遂行
AIの回答を参考に判断を下す業務経験
過去のケーススタディを参照しながらの提案書作成
研修で学んだ内容を業務に適用する場面
内面化を経て、個人の中に新たな暗黙知が形成されます。
この新しい暗黙知が次の共同化の材料となり、SECIモデルは循環します。
AIを企業で活用する際、ナレッジマネジメントでデータを整えていることで得られる効用は主に3つあります。検索・回答精度の向上、業務効率化、そして自社文脈に沿った示唆です。
暗黙知の形式知化(表出化)と、社内文書をAIに参照させる基盤(連結化)が整うと、社内の質問に対してAIが根拠付きで回答する体制が組めます。
LINEヤフーは、社内ワークスペースツールや社内データを参照元とした社内向け生成AIツール「SeekAI」のテスト導入で、カスタマーサポート業務での正答率が約98%に達した事例を公開しています(2024年7月、EnterpriseZine)。RAGを用いて社内のマニュアル・FAQ・過去の対応事例を根拠として参照する仕組みです。
ドキュメント整備と生成AI活用が結びつくと、問い合わせ対応・提案書作成・議事録要約などにかかる時間が実測で削減されます。
ふくおかフィナンシャルグループは、案件情報や営業店行員が普段蓄積している日誌(交渉記録)などを主な情報源として、融資業務の稟議書作成にかかる時間を、生成AI活用により約35%削減した実証結果を公表しています(ふくおかフィナンシャルグループ 2024年11月28日プレスリリース)。
一般的な情報を返すだけの生成AIから、自社の商品、顧客、過去の意思決定文脈を踏まえた回答が得られる状態に切り替わります。
【例】自社文脈に沿った示唆の内容:
過去3年の類似案件を踏まえた提案書のドラフト
特定顧客との商談履歴を反映した次回商談の準備メモ
過去のクレーム対応記録から抽出した初動対応の判断基準
経営会議の議事録を横断して整理された意思決定の傾向
ここに到達するには、現場に点在する「なぜその判断をしたか」を、形式知として残す運用が要ります。
単に議事録を残すだけでなく、決定に至った背景・却下された案・想定された懸念まで文書化されて初めて、AIが自社の判断基準を再現できます。
最後に、注意しておきたい点として、ここまで整理してきた3つの効用はナレッジマネジメントが動いている前提で得られる結果です。
ナレッジマネジメント自体は、暗黙知を形式知に変換して蓄積するための経営理論・フレームワークであり、AI活用の具体的な手段そのものではありません。
実際に自社でAI活用を進める際は、データ基盤の構築、業務プロセスへの組み込み、社員のリテラシー向上、ツール選定と運用ルール整備など、複数の打ち手を組み合わせる必要があります。
ナレッジマネジメントは、そうしたAI活用を組織全体で進めるうえで、押さえておくべき考え方の1つとして位置づけられます。
ナレッジマネジメントとは、組織内に点在する知識を収集・整理し、社員間で共有・活用する経営手法を指します。1990年代に野中郁次郎教授らが体系化し、暗黙知と形式知の変換を4プロセス(共同化・表出化・連結化・内面化)と4つの場で説明するSECIモデルが理論の中心です。
2020年代に入り、非構造化データの分析ハードル低下、自然言語での分析民主化、そしてAIの成果はモデル性能ではなくデータ品質で決まるという考え方の広がりが、ナレッジマネジメントを再び注目される概念にしました。加えて、リモートワークの普及により、暗黙知が組織内で共有されにくい状態が続いています。
自社に取り入れる際は、SECIモデルの4プロセスの中でも、特に「表出化」から着手することを勧めます。
暗黙知を形式知に変換する工程が動かなければ、後続の連結化(データ基盤・AI参照)や内面化(業務での定着)は始まりません。
AI活用の成果を左右するのはモデル性能ではなくデータ品質であり、その中身は組織の知識をどう整えるかです。
まずは自社の1業務、それも社内文書の整理度が比較的高い領域から、表出化の設計を始めることが、AI時代のナレッジマネジメントの現実的な出発点となります。
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