
私のキャリアの出発点は、人材ビジネスだった。
新卒で入ったのはインテリジェンス、いまのパーソルキャリアだ。
人が人の人生に関わる、その現場でビジネスの初歩を教わった。
だから今でも、人材という領域には人一倍の思い入れがある。
DeflagのCROとして、いまはさまざまな業種のお客様の営業やマーケの支援に入っている。AIとデータで現場をどう変えるか、という仕事だ。そのなかで、私はどうしても人材業界に目が戻ってしまう。思い入れがあるから、というだけではない。
この業界こそ、AIとデータの活用でいちばん大きく化ける可能性を秘めていると感じているからだ。
今日は、その「可能性」の話を書きたい。ただし机上の話ではなく、私自身が現場で見てきた景色から書く。
人材ビジネスの現場には、確かな「勘所」を持った先輩たちがいた。
この求職者には、いまこの一言をかける。この方には、少し時間を置いてから連絡する。この企業とこの人は、経歴だけ見れば地味でも不思議と合う——そういう判断が、驚くほど的確な人たちだった。
私は派遣の領域で、スタッフの方をどうフォローしていくかをかなり勉強させてもらったが、その多くは先輩たちの背中から学んだものだ。
ただ、いま振り返って思うのは、その「勘所」のほとんどが、その人の頭の中にあったということだ。
誤解しないでほしいのだが、これは先輩たちの力量の話ではない。
まったく逆で、あの人たちは本当に優秀だった。
問題があったとすれば、それは個人ではなく仕組みの側にある。
あれだけ優れた判断を、組織として受け取り、次の誰かに渡していく「入れ物」が、当時は無かった。優れた判断ほど、本人の中に静かに閉じていた。
だから、教える側が「それを知っているか、まだ知らないか」で、後輩が受け取れるものは変わってしまう。悪気なく、そうなってしまう構造だった。
もうひとつ、忘れられない景色がある。
同じ営業のステップを踏み、同じだけの量をこなしているのに、人によって成果がまるで違う。手を抜いているわけでも、サボっているわけでもない。それでも、差が出る。
その差はどこから来るのか。
当時の私なりに見ていて感じたのは、顧客のビジネスをどこまで深く理解しているか、どのタイミングで動くか、そして相手とどんな関係を築けているか——そのあたりに違いがあった、ということだ。
つまり、成果を本当に分けていたのは、活動の「量」では測れない部分だった。
数値化しにくいところにこそ、勝ち負けの分岐が眠っていた。
ここに、人材ビジネスの面白さと、難しさが同居している。
人材の仕事は、人のキャリアやライフステージという、人生そのものに関わる。
だから扱うのは、求職者の感情や温度感、企業とのなんとなくの相性といった、はっきり数字にならないものだ。
そしてこの「数字にならないもの」こそが、成果を生む核心になっている。
厄介なのは、核心であるがゆえに、それが個人の経験や暗黙知として、その人の中に溜まっていくことだ。
CRMを開けば「決まった/決まらなかった」は残っている。
でも「なぜ、あの人とあの会社が合うと思ったのか」は、どこにも残らない。いちばんおいしい部分が、いちばんデータに残りにくい。
経団連が2026年4月に出した、HR部門でのAI活用に関する報告書でも、熟練者の頭の中にある評価基準を言語化し、AIが読み取れるデータへ変換していく地道な作業が論点として挙げられていた。
裏を返せば、それだけ暗黙知が個人に張りついたままだ、ということでもある。
そして人材業界は、人の出入りが少なくない業界でもある。
全産業の平均を上回る水準で人が動く、という指摘もある。培ったノウハウを抱えたまま、独立したり、別の会社へ移っていく方も多い。
このとき起きるのは、単なる欠員ではない。人が辞めると、その人の中にあった判断知ごと、組織から消えてしまう。
これは雇用のリスクであると同時に、静かなナレッジ流出のリスクだと思う。
ここまで課題を並べてきたが、私の見方はむしろ逆だ。
これだけ属人化していて、これだけ暗黙知が眠っているということは、裏返せば、まだ手つかずの伸びしろがそのまま残っているということでもある。
だからこそ、AIとデータの基盤を整える意味が、他の業界以上に大きい。
ここで言う「データ基盤」は、立派なCRMをもう一つ増やす、という話ではない。むしろ逆で、これまで記録の枠からこぼれ落ちていたものをどう掬うか、という話だと思っている。
面談での何気ない会話、フォローのやりとり、「なぜこの方を推したいと思ったのか」という担当者の一言。
人材の現場でいちばん価値のある情報は、たいてい構造化されていない、こうした文脈の側にある。そこに手を伸ばせる器を、CRMの隣に並べられるか。可能性の入り口は、そこにあると感じている。
そのうえで、具体的には三つの絵を思い描いている。
ひとつめは、ベテランの「目」の共有だ。
あの先輩たちが持っていた勘所を、会話や商談の記録からAIが少しずつ言語化し、蓄積していく。
うまくいけば、経験の浅いメンバーも、初日からベテランの視点を借りられるようになる。個人に閉じていた判断が、チーム全体で使える資産に変わる。
ふたつめは、顧客視点での、ちょうどいいフォローだ。
求職者や求人企業の温度感の変化を捉えられれば、適切なタイミングで、適切な一手を差し出せる。
これはユーザー体験そのものの話でもある。結果として満足度が上がり、より「選ばれる人材会社」に近づいていくのではないか。
みっつめは、属人化リスクそのものの解消だ。
ノウハウが個人ではなく仕組みの側に溜まっていけば、誰かが辞めても、その知見は組織に残る。あの先輩たちの優秀さを、ちゃんと次の世代に渡していける。
一方で、線は引いておきたい。
人材ビジネスは、人の人生を左右する仕事だ。
だからこそ、AIに全部を委ねてよいとは、私は思っていない。実際、採用や人事に関わるAIは、EUのAI規制でも高リスクな領域として扱われ、人による監視や透明性の確保が求められる方向にある。
これは以前にも書いたことだが、AIは驚くほど「動く」。けれど「動く」ことと「正しい」ことは、別物だ。最後に人が確かめる工程は、いまのところ外せない。
だから今日の話は、「AIが人材の仕事を奪う」という話ではまったくない。
むしろ逆で、人にしかできない対話や見極めに、人がちゃんと時間を使えるようにするための基盤の話だ。
暗黙知をAIとデータに預けられるからこそ、人はもっと人に向き合える。私はそう考えている。
自分のキャリアの出発点だから、少し思い入れが過ぎるかもしれない。
それでも、あのとき先輩たちの背中に見た確かな「勘所」を、その人が去ったら消えてしまうものにしておくのは、やはりもったいないと思う。
人生に関わる判断だからこそ、組織の資産として残し、磨き、次の誰かに渡していきたい。
人材会社のAI×データ基盤には、その「入れ物」になれる可能性がある。
もし同じように、自社に眠っている「あの人の目」をどう残すかを考えている方がいたら、いつか一度、その景色について話してみたい。
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