
ここ数年で、営業の現場にはChatGPTをはじめとした対話型の生成AIが確かに入りました。
議事録の要約は速くなり、メールの下書きはワンクリックで出てくる。
提案書の骨子も、白紙からではなく叩き台からスタートできるようになっています。
それでも、月末の数字を見ても残業時間を見ても、何かが大きく変わった実感はない。
経営者や営業マネージャーから「ツールは使われているはずなのに、なぜか業績も残業も動かない」という戸惑いを聞く機会が、最近増えています。
本記事では、年商100億円未満の中堅・中小企業の営業職の分析対象616名を対象にした独自調査「営業AI白書2026」(株式会社deflag、以下「白書」)のデータをもとに、「なぜ効果が出ないのか」「何があれば変わるのか」を構造的に解き明かしていきます。

調査結果に入る前に、白書がどんな前提で集めたデータなのかを記載しておきます。
調査対象は、年商100億円未満の中堅・中小企業の営業職に従事する会社役員 / 会社員・白書分析対象616名です。
帝国データバンク「100億企業」の実態調査(2025年)によれば、国内企業約149万社のうち年商100億円以上の企業は15,159社、わずか1%にすぎません。
残る99%、つまり国内企業の圧倒的多数を占める層を、白書は分析対象に据えています。
次に、業務分類は3種類で整理しています。
コア業務:商談実施・アポイント獲得・契約・顧客対応など、売上に直結し顧客と向き合う時間。
ノンコア業務:見積書作成・契約書作成・社内会議・部門間調整・CRM入力・議事録作成など、売上に直結しない事務や社内調整の時間。
マネジメント業務:ロールプレイ、社内会議・報告、部門調整など(管理職)
各業務時間は、月間合計労働時間で割って加重平均で算出されています。
月間労働時間の中央値は170時間。1日約8時間×20営業日と考えれば、ちょうど平均的な営業職の働き方に近い母集団です。
以下、営業活動で発生する業務を業務プロセスをベースに整理したものです。

上記の整理でデータを分析して見えてきたことは、営業職は、役職を問わず、業務時間の40%以上をノンコア業務に費やしている、ということです。
役職別に見ても、ぶれは思いのほか小さいことが分かります。
経営者・役員:ノンコア比率 約50%
部長職:ノンコア比率 42%
課長・マネージャー職:ノンコア比率 45%
係長・リーダー職:ノンコア比率 48%
一般社員:ノンコア比率 43%

集計対象:年商100億円未満の中堅・中小企業の営業職に従事する会社役員、会社員(N = 616)各役職に共通して時間を奪っているノンコア業務を並べると、以下のようなものが挙げられます。
提案書・見積書の作成
社内向けの報告書・日報の作成
書類の承認・確認フロー
社内会議・部門間の調整
納品対応に伴う事務処理
注目したいのは、ここに並ぶノンコア業務の多くが、個別作業として見れば生成AIが得意とする領域にあるという点です。
議事録の要約、メール下書き、提案書骨子、見積書のドラフト、CRM入力の補助。
どれも、ChatGPT等で一度は試したことがある営業担当者が多いはずの業務です。
もし対話型の生成AIでノンコア業務が効率化されているとすると、AI未活用群と生成AI活用群で、ノンコア業務の割合に差が生まれると考えられます。
しかし、実際には差がないという結果が出ています。
次章で生成AIを活用しても営業活動の業務効率は変わらない実情を見ていきます。
ここから先、本記事では「生成AI」と「AIエージェント」という2つの存在が登場します。
生成AIは、人間が指示を与えると文章や資料などのコンテンツを作ってくれるツールです。
提案書のたたき台を作る、議事録を要約する、メールの下書きを生成するといった、1つの作業を人の指示のもとで代行する使い方が中心になります。
AIエージェントは、目的を与えると複数の手順を自律的に判断・実行する仕組みです。
たとえば「今週の商談リストを作って、それぞれに初回メールを送る」といった、一連の業務フローをまとめて処理する点が生成AIとの違いです。
言い換えれば、生成AIが「作業単位の効率化」であるのに対して、AIエージェントは「業務フロー単位の効率化」を担う技術です。
では、現時点でこの2つはどの程度使われているのでしょうか。
まず、白書が把握している現場のAI活用率を確認します。
営業の各作業に対する対話型生成AIの活用率は、議事録・メール・提案書作成などの業務で30〜40%。
AIエージェントの活用率は平均12%にとどまります。

集計対象:年商100億円未満の中堅・中小企業の営業職に従事する会社役員、会社員(N = 616)「業務によっては3割の営業担当者が使っている」と聞くと、印象としては相応に普及していると感じる読者も多いはずです。
ところが、その活用が時間構造にどう作用しているかを群別で見ると、見え方は大きく変わります。
白書は616名を、AI 未活用群・生成AI 活用群・AI エージェント活用群の3群に分け、業務時間シェアを比較しています。
結論はシンプルです。
AI未活用群と生成AI活用群とで、ノンコア業務の比率にほとんど差が見られませんでした。
生成AIを使っていない営業職と、議事録・メール・提案書作成などで生成AIを使っている営業職とで、コア/ノンコア/マネジメントの時間シェアを比べると、ほぼ同じ形のグラフが2つ並びました。これが、白書が明らかにした事実です。
一方、AIエージェント活用群(N=18の参考値)だけは、ノンコア業務比率が低めに出る傾向が見られました。
サンプル数が小さいため断定は避けられますが、生成AIの活用と、AIエージェントの活用とで、業務時間の構造への作用が異なる可能性が、見えてきています。

集計対象:年商100億円未満の中堅・中小企業の営業職に従事する会社役員、会社員。うち、業務時間の異常値回答を除外集計方法:AI未活用群(N = 362)、生成AI活用群(N = 115)、AI エージェント活用群(N = 18)各対象者の業務時間の加重平均で算出「対話型生成AIは、個人の作業を補助しても、その時間構造を短縮させるには至らない」。
この結果に、「生成AIで業務効率は変わらない」という正体があります。
営業担当者の1日は、単一の作業ではなく、アポイント獲得 → 商談準備 → 商談実施 → 議事録作成 → お礼メール → CRM入力 → 次回日程調整 → 提案書作成 → 見積書作成 → 受発注処理――というように、無数の小さな作業がつながった連鎖でできています。
生成AIが補助できるのは、この連鎖の中の特定の1ステップです。
議事録の要約だけ、メール下書きだけ、提案書の叩き台だけ。
たしかに1ステップあたり10分・20分は短くなります。
MITが公開した文書作成タスクの研究でも、ChatGPT使用群は作業時間が約30分から約17分に短縮し、成果物の評価平均も上がるという結果が出ています。
ところが、その効率化の合計が、ノンコア40%超・月70時間という構造を動かすまでには届かないのです。
なぜか。
答えは、業務の連鎖の中で「人が次の作業に渡す」「人が状況を判断する」「人が他の作業へ切り替える」というつなぎ目が、依然として人手で残っているからです。
議事録は要約してもらえる。けれど、その要約をCRMの所定欄に転記するのも、要約から宿題項目を抽出してタスク化するのも、お礼メールを誰宛にどう書くか判断するのも、最終的に人の仕事のままです。
点は速くなる。けれど、点と点をつなぐ線は、相変わらず人が引いている。
だから時間構造は動かない。
これが、白書のデータと現場の連鎖を重ねたときに見えてくる構造です。
AIエージェント活用群でだけノンコア比率が低い傾向が出ていた、という参考値の背景を少し読み解きます。
営業業務は、見積書作成やCRM入力のような単発の事務ではなく、「商談から提案までの一連の準備」「商談後の処理から次商談までの一連の調整」のような業務プロセスのまとまりとして時間を奪っていると記載しました。
そのまとまりに対して、生成AIは中の1ステップごとを自動化しますが、AIエージェントは、業務プロセスそのものを自動化します。
つまり、人の作業が最小限になります。
だから、生成AI活用群のノンコア比率はAI未活用群とほぼ変わらず、AIエージェント活用群だけが下がる方向に動く――というデータの形に整合性が出てきます。
サンプル数は18と限られるため断定はできませんが、構造的な解釈としては成立している、と受け取れる結果です。
最後に、本記事の内容を整理します。
事実1:年商100億円未満の中堅・中小企業の営業職は、役職を問わず業務時間の40%以上、月約70時間をノンコア業務に費やしている。
事実2:意思決定層(課長以上)の52.3%が「社内事務・調整中心」の時間構造になっており、本来のマネジメント中心型はわずか3.1%。
事実3:AI未活用群と生成AI活用群とで、業務時間のシェアにほぼ変化はない。生成AIは個別作業を補助するが、時間構造を変えるには至っていない。
「ChatGPTを入れたのに、なぜか業績も残業も変わらない」という戸惑いを、現場の使い方の問題や努力不足の話にしてしまうと、本当に手を入れるべき構造を見落とします。
個人の作業効率化(点)の積み上げで時間構造を変えようとすると、月70時間のノンコアは減少しません。
有効なのは、AIエージェントによる業務プロセスの自動化(線)だということが、今回の調査で明かされました。

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