
「そろそろ、AIを本格的に使おう」
そう動き出した会社で、よく起きることがあります。
AIの話をしていたはずなのに、いつのまにか、データの話になっている。
こんな経験はありませんか。
自動化したいことを相談すると「それで、自社のどのデータから引っ張ってくるんですか?」という疑問が出てくる。
現場からは「うちにもデータはあるんですが、これ、AIに使えませんか?」という声が上がる。
技術寄りの会話になると「データの保管場所の都合で、AIとそのままはつなげられない」という思わぬ壁にぶつかったりもします。
やりたいのはAIの活用なのに、議論はなぜか、いつもデータのほうへ引き戻されていく。
なぜ、AI導入の話には、こうもデータの話が付きまとうのでしょうか。
本連載は、自分の手でデータを整備する人のための技術解説ではありません。
AIへの投資を決めたり、現場をディレクションしたり、技術者と話したりする立場の方——つまり経営層やビジネスの推進担当が、AI時代に最低限おさえておきたい「データの知識」を、掴むための連載です。
第1回となる本記事は、その総集編です。
これから続く各回で、つまずきの正体と、整ったときの姿、そして自社をどう見極めるかを順に解説していきます。
本連載でお伝えしたいことは、AI投資の成否は、AIの良し悪しよりも手前の「自社データの状態」で決まります。だからこそAIの前に、まずデータの話をしてみませんか、ということです。
生成AIが誰でも使えるようになった今、企業にもチャット型生成AIが次々と導入されています。
ただ、いざ自社の仕事に使おうとすると、多くの方が同じ壁に気づきます。
導入したAIに「うちの主力商品の競合はどこ?」「先月失注した案件に共通点はある?」と尋ねても、返ってくるのは一般論ばかり。
自社の事情を踏まえた答えは、なかなか返ってこないのです。
理由は、とてもシンプルです。
AIは、自分が参照できるデータからしか答えられないからです。
世の中の生成AIは公開された膨大な文章を学んでいるので、一般論なら流暢に語れます。
けれど、御社の商談履歴も、失注の理由も、顧客ごとの取引の経緯も、AIはひとつも知りません。知らないことは、一般論で埋めるしかない。
冒頭の「自社のどのデータから引っ張ってくるのか」という疑問が出てくるのは、まさにこのためです。
AIに自社のことを語ってほしければ、まず自社のデータを渡してあげる必要がある。AIの話がデータの話に戻っていくのは、ごく自然な成り行きなのです。
「データが大事」という言葉は、AIが普及するずっと前から繰り返されてきました。
では、いま何が新しいのか。
AIによって、企業が持つデータの「価値」が二つの方向から、一段引き上げられたと言えます。この変化を理解すると、AIとデータの関係性の解像度がより上がります。
ひとつは、もともと持っていた構造化データ※が、扱いやすくなったことです。
これまでは、売上や在庫のデータから示唆を引き出すのに、SQLと呼ばれる専門的な問い合わせの知識が必要で、分析できる人は限られていました。
それがいまは、AIに話しかけるだけで「先月、地域別でいちばん伸びた商品は?」といった問いに答えが返るようになり、分析が一部の専門家から、多くの人の手に近づきました。
もうひとつは、これまで活かせなかった非構造化データ※が、扱えるようになったことです。
議事録、商談メモ、メール、契約書、問い合わせ記録といった、文章や画像のかたちの情報。
本来は宝の山なのに、従来の仕組みでは読み解きが難しく、多くは眠ったままでした。
しかもその量は構造化データをはるかに上回り、企業が持つ情報のおよそ90%が非構造化データだとされています(出典: 企業が持つ情報の90%は非構造化データ — Box Japan(IDC白書を引用))。
文章や画像を読み、要約し、意味をすくい取ることは、生成AIがいちばん得意とするところです。
ルールベースの仕組みでは歯が立たなかったこの山に、ようやく手が届くようになりました(出典: 生成AIにより高まる非構造化データの重要性 — IT Leaders)。
※構造化データ:売上、在庫数、顧客リストのように、表計算ソフトの行と列にきれいに収まる、最初から整理されたデータ。
※非構造化データ:議事録、メール、契約書、画像のように、決まった型を持たず、そのままの形でたまっていく情報。
要するに、これまで持て余していた社内のデータが、構造化・非構造化の両面で、AIによって仕事に使えるようになった。
これが「なぜ、いまデータなのか」の答えです。
ただし、価値が上がったことと、その価値を引き出せることは、別の話です。
冒頭の「データはあるけれど、AIに使えませんか?」という相談が、ちょうどここに重なります。
データがある、ことと、AIに使える、ことのあいだには、思いのほか深い溝があります。次は、その溝の正体を見ていきます。
「整っていない」と一口に言っても、その中身はさまざまです。
詳細な説明は第2・3回にするとして、まずは代表的なものを、いくつか挙げてみます。
部署ごとにデータが分かれていて、横でつながっていない
「売上」のような言葉の意味が、人によって・部署によってバラバラ
表記がゆれていたり、古い情報がそのまま残っていたりする
議事録や契約書のような文章が、AIが読める形になっていない
そもそも、どのデータをAIに見せてよいかの線引きがない
どれも、放っておくと「AIに聞いても的外れな答えしか返らない」、ひどいときには「間違ったまま大規模に処理して、かえって混乱を広げる」という形で、AI投資の足を引っぱります。
実際、調査会社のGartnerは、AIに適したデータに支えられていないAIプロジェクトの60%を、2026年までに組織は手放すだろうと見ています(出典: Lack of AI-Ready Data Puts AI Projects at Risk — Gartner)。
海外の大企業を含む数字なのでそのまま自社に当てはまるわけではありませんが、「ただ持っているだけのデータでは、AIはつまずく」という傾向は、規模を問わず読み取れます。
そして、これらのつまずきには、それぞれ名前のついた概念と、打ち手があります。
たとえば「言葉の意味がバラバラ」をひとつ取っても、AIに自社のデータを正しく読み解かせるには、社内共通の辞書のようなもの(専門的にはセマンティックレイヤーと呼びます)を用意してあげる必要がある——といった具合です(出典: The Golden Age of the Semantic Layer — AtScale)。
ここで大事なのは、これらを今すぐ全部理解することでも、まして自分で直すことでもありません。
「こういうつまずきどころがあるんだな」と、知っておくこと。
それだけで、AIベンダーや技術者と話すときに相手の言っていることが腑に落ち、投資の判断を外しにくくなります。
逆に、データが整ったらAIはどう変わるのか。
連載の第4回でこの理想の姿を記載しますが、輪郭だけ先にお見せします。
たとえば、経営者が「あの案件、いまどうなっている?」とぽろっと尋ねたとします。データが整った組織では、この一言にAIがその場で答えます。
最新の進捗も、関連する数字も、似た過去案件との比較まで、自社の文脈に沿って返ってくる。
推進担当が数日かけて関係者に当たり、数字をかき集める作業はもう要りません。
AIが一般論ではなく自社のことを語れるのは、賢いAIに乗りかえたからではなく、参照するデータが「そろっていて、意味づけされている」状態になったから。
ただそれだけの違いなのです。
全体像と現実的な進め方は、第4回で詳細にお話しします。
ここまでの話を、連載全体の流れとして並べておきます。
第1回:なぜAIの話がデータの話になるのか(総集編)
第2回:AIで成果を出すためのデータ整理
第3回:貯めているが、ラベリングされていない
第4回:データが揃った場合のAI活用
第5回:自社のデータ状態を見極める問い
この連載では、AI時代に重要になるデータについて、自社のデータを自分の言葉で問い直せるようになるためのナレッジを5回に渡って解説していきます。
次回からは、AI活用の障壁になるデータの原因のひとつ目「AIで成果を出すためのデータ整理|ただ集める・ただ整えるでは通用しない」から始めていきます。
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